西安に住み陝西文学作品を訳すトルコ人兄妹

西安に住み陝西文学作品を訳すトルコ人兄妹
白振国と白鹿原の兄妹。秦嶺の古民家にて(取材対象提供)

トルコから来た青年・白振国は、西安の「有名人」である。2015年、西北大学で学ぶ彼は、バックパックを背負い、西安からスタートして、中国各地を巡り、カメラと文章で彼の中国西部の旅を記録し、書き上げた『中国旅行51日間——あるトルコ人の西部文化体験の旅』を出版した。まもなく修士課程を卒業する白振国は今、妹と共に、秦嶺の奥深くへ入り、陝西出身の小説家・賈平凹の『賈平凹散文選』のトルコ語訳版の翻訳を始めた。

「西安に住んで7年、すっかりこの地になじみました。私と妹の未来の人生計画も、この都市と密接に繋がっています。」白振国は言う。彼の最大の望みは、現代シルクロードのマルコ・ポーロになり、国境や時間を越えて、文化の橋渡し役を担い、もっと多くのトルコ人に中国を知ってもらい、「一帯一路」の魅力を伝えることである。

中国に夢中のトルコ人兄妹:ここも自分の家

「中国が一本の大樹だとすると、西安はその大樹の根です。」白振国は言う。彼の故郷であるトルコのイズミルでは、中国のことを知っている人はあまりおらず、西安について知っている人はもっと少なかった。2010年、高校生だった彼は、夏の旅行先を中国に決めた。この旅行により、中国を知るための窓が開き、彼はこの国と西安に夢中になった。

「高校卒業後、同級生の多くは留学先に欧米を選びましたが、私は迷うことなく中国の西安を選びました。」と白振国は言う。彼は西安の、高くそびえ立つ城壁に照り映える古建築の輝きや、悠久の歴史を持つこの街の雰囲気が忘れられなかった。「中国語と漢字にすっかり魅せられ、中国語を勉強したいと思いました、それに近い将来、中国語はもっとメジャーになるに違いないと思ったんです。」2012年、白振国は西北大学新聞学院に入学し、広告学を学んだ後、ラジオ&TV専攻で修士課程に進んだ。この後も引き続き、ここで博士課程に進む予定である。

「西安で学んだ7年間で、この街にすっかりなじんだだけでなく、私の家族もここと深い縁を結ぶことになりました。」今、白振国の妹も、兄に倣って、西北大学で中国語を学んでいる。この美しい90後(1990年代生まれ)のトルコ女性は、西北大学の中国語文学を専攻する二年生である。

「兄は私に白鹿原という名前をつけてくれました、『白』は純潔を、『鹿』はやさしさを表し、二つの字は素敵な意味を含んでいます。トルコでは、地名を人名として使うことがよくあり、『白鹿原』はトルコと西安の『地方特色』を兼ね備えています。西安の人はみんな、この名前を素敵だと言ってくれます。」西安は彼女が来た初めての中国の都市であり、この街の悠久の歴史と中国文化の豊かさに感銘を受けたと、白鹿原は語った。「大唐西市博物館で人物彫像を見たことがあります、西安で官職に就いていたペルシャ人だと書いてありました。古代に外国人が西安でそんなふうに暮らしていたということは、西安はずっと昔から、開放的で、包容力があったのだと思います。そして今も、この街は両手を広げて、私たちのような外国人留学生を受け止め、西安の人の暖かい心を見せてくれています。」

陝西作家の作品を翻訳 文学で中国文化を知る

2019年の春節、学校は冬休みに入ったが、白振国と白鹿原は、いつものように中国の友人と一緒に春節を迎えるのではなく、携帯電話の電源を切って、商洛市柞水県終南山にある古民家に入居し、『賈平凹散文選』のトルコ語版の翻訳を始めた。

「中国語を勉強していた時、陝西出身作家の文学作品を読みました。賈平凹先生は好きな作家の一人です。」白振国は言う。西北大学外国語学院の院長・胡宗鋒教授に、賈平凹の作品をトルコ語に翻訳してみたいと言うと、教授は驚き、喜んだ。「以前に、胡教授は『賈平凹散文選』の英訳本を出版しています。先生が応援してくれるので、私と妹も、トルコの人に、文学作品を通じて中国と西安を知ってもらいたいと思っています。」作品中で触れられている風俗に対する理解を深めるため、白振国と妹は、賈平凹の故郷である商洛市に行き、生粋の陝西文化を体験しながら、翻訳に着手することにした。

「初めは難しいと感じました、短い文章ですが、そこに含まれているのは、現地の風俗や地域の文化であったり、作者本人の育った環境であったりします。一つ一つの言葉をきちんと訳さないと、文章の味が失われてしまいます。」白振国は例を挙げて説明する。「文中にしばしば登場する『閂』という言葉一つ取ってみても、商洛の農村に行かなければ、『閂』を見ることはできなかったでしょうし、木の門の後ろにあるこの横木が一体どんな働きをするのか、理解することができなかったでしょう。」秦嶺の山奥に住んだ一ヶ月間、白振国と白鹿原は現地の暮らしに徐々に溶け込み、現地の人々と一緒に春節を迎え、冠婚葬祭の行事に参加し、その風俗に触れた。「古民屋の庭で、夜の灯の下、『私の母』を読んだ時、妹は何度も涙にむせびました。商洛で暮らした経験により、賈平凹先生の文章がもっとわかるようになり、本の中の言葉から受ける感動が深まりました。」

文化交流を推進 シルクロードのマルコ・ポーロに

現在、『賈平凹散文選』トルコ語版の初稿はすでに完成している。春節が終わった後、胡宗鋒教授の紹介により、白振国と白鹿原の兄妹は賈平凹の家を訪問し、本人から、『賈平凹散文選』(『Jiapingwa’dan Nesirler』)トルコ語版の翻訳・出版の許可を得た。賈平凹の作品がトルコ語に翻訳されるのは、今回が初めてである。修正・校正を重ねた上で、同書は今年後半に、トルコで出版されることになっている。

「賈平凹先生はとても気さくな方で、契約書にサインした後、丹鳳の特産ワインをプレゼントしてくださいました。先生からは、『ありがとう、私の作品がトルコ語に翻訳されるのは初めてです、これで私たちは友人になりましたから、いつでも遊びに来てください』と言っていただきました。」白振国は意気込んだ様子で、『賈平凹散文選』が完成したら、妹と二人ですぐに、賈平凹の詩と短編小説の翻訳に取り掛かるつもりだと語った。同時に彼は、西安で起業したトルコの行商人が動画共有アプリ「TikTok」で一気に有名になったエピソードを綴った、初の自主制作マイクロ映画作品『ドンドゥルマ売り』を撮るのにも忙しい。

「西安は古代シルクロードの起点で、トルコはシルクロードの終点、そこには古代シルクロードの遺跡が数多くあります。何かに引き寄せられたみたいに、私はいつのまにかトルコから中国へ来ていました。」現代のシルクロードのマルコ・ポーロになり、中国での見聞をトルコに持ち帰りたい、またトルコの人に、文学作品を通じて、中国をもっと知ってもらいたい、と白振国は言う。「二つの国の人が互いを知り、交流するようにして、文化体験の形で、両国の友好と共栄を促進していきたいです。」

参照元:http://news.xiancn.com/content/2019-03/13/content_3431876.htm
(翻訳の際に、内容が多少編集されていることがあります)

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